「京大霊長類研究所」訪問記

2000年4月1日
桜井芳生 Yoshio SAKURAI   all rights reserved
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【主要命題1】学生さん。貴方も、春休み・夏休みには、首都圏・関西などに「遠出」して、研究会・学会などに参加して「ステップ・アップ」してはいかがですか?。

【主要命題2】「シリコンバレー特派員に応募しないような貴女」から、「いいなぁ」といわれる筋合いは、ない。

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【京大霊長類研究所訪問】

000309みなさんこんにちは。お久しぶりです。桜井芳生です。10日間ほど、関西とくに京都に出張していて留守にしていました。

000309そのうち二日間ほど、京大霊長類研究所(以下「霊長類研」)の研究会に参加させていただきましたので、おもにそのことを書いてみたいとおもいます。(ただいま、名古屋から京都に戻るバスのなかで、これを書いています)。

000309京大霊長類研究所といえば、日本ならびに世界のサル学のメッカとして知られています。今回はじめておじゃましました。じつは私はこれまでなんのご縁もありませんでした。

000309関西出張のおりに有名なモンキーセンターをみにいこうとおもって、出発前にネットサーフィンしていると、霊長類研のページにあたりました。研究会の掲示などでていたので、みてみると、ちょうど私の滞在時に、「サルの毛繕い」に関する研究会があるではありませんか。

000309最新拙稿「メディア・脳・クスリ・諸思考」をおよみいただけけばおわかりのとおり、私桜井は、ダンバー(以下参照)の「人間のコミュニケーションは、サルの毛繕いの代わりみたいなものである」という議論にとても強く影響されています。これは逃してはならない、とおもいました。

000309で、ホームページに掲示されたいた霊長類研の先生におでんわすると、「国立大学共同利用施設ですので、どうぞ」とのことで、快諾してくださったのみならず、霊長類研の「宿泊施設」まで手配してくださいました(なんと、一泊1650円でした)。深謝、深謝。

000309みなさんも、宿泊まで融通つけてくださるかはともかく、ふつうの学生さんでも、研究会に参加することじたいは問題がなさそうです。ご関心のある研究会などホームページでみて参加を申し込まれてはいかがでしょうか。

000309ただし、ご存じの方はみなご存じですが、霊長類研は、「京大」といいつつ、京都からはけっこう遠いです。京都から2-3時間かかりますので、ご注意。名古屋の近くです(犬山市)。

000309当日は、京大サル学派の第二世代・第三世代を代表するスター級の先生方が、ビデオなどをつかいながら、チンパンジー・ボノボ・ゴリラ・ニホンザル・新世界ザルなどについて、ご自身のフィールドワークをふまえて発表なさっていました。(二日目には、私の席のすぐ後ろ横に、「子殺し」現象の発見者として有名な杉山幸丸先生がすわっていらっしゃいました)。

000309発表内容に関して印象に残っていることは三つあります。

000309第一に、やはり、問題意識としては、ダンバーのいわば毛繕い=おしゃべり等価機能説の賛否が暗黙の最大の問題意識になっているようにおもえました。

000309第二は、すべての発表が、数量的データの解析によっていたことです。

000309第三は、フィールドワークにおけるビデオ利用が常識=前提化しているように感じられたことです。

000310第一日目のご発表・ご議論において、とくに私桜井にとって認識利得があったのは、次のことです。

000310ダンバーにおいては、いろいろなサルの毛繕いと彼らの社会規模とが正の相関があることが主張される。しかし、ヒトの社会規模に対応する毛繕いをすることは困難である。それで、ヒトにおいては「おしゃべり」が進化した。と、大略主張される。

000310しかし、チンパンジーにおいては、三頭以上の個体が鎖のようにだらだらと、毛繕いをすることがよくある。これを、「効率性」の面から評価すると、ヒトのおしゃべりとくらべて必ずしもおとっていない。すなわち、チンパンジーのように多重毛繕いができるならば、ダンバーの考えるようには、ヒトがおしゃべりを進化させるのは、必ずしも不可避ではない、と。

000310以上の指摘には、とても啓発されました。とくに現代日本若年文化においては、ご存じのように、「ケータイ」電話を媒介にしたおしゃべりがさかんで(あるようで)す。

000310しかし、いうまでもなく、ケータイは「一対一」でしかおしゃべりできません。とすると、ケータイイ経由でおしゃべりをするよりも、チンパンジーのように「多重毛繕い」をするほうが「効率的」なわけです。このように、考えると、ダンバーの所論は、何らかの修正が要するようにかんじられました。

000309第一日目の夜には懇親会がありました。私としては珍しく出席しました。例によって名刺代わりに私のホームページのコピーをさしあげると、「みたことがある」というひとがけっこういたのでおどろきました。

000309京大のn先生とおはなしさせていただき、「ヒト」を対象とした研究がすくないこと、(人間対象の)社会学者たちが、サル学の成果を無視しすぎているのではないか、とか、いったことをおはなしさせていただきました。

000309また、ニホンザルをフィールドワークしている京大の院生のかた、霊長類研の院生のかた(霊長類研は大学院があります)ともおはなしさせていただきました。

000310ちなみに霊長類研の大学院は、「京都大学」の大学院ですが、出身者は京大以外の方が今は多いようです。じっさいおしゃべりさせていただいた方は東京のICUの御出身のかたでした。

000310あくまで、ごく少人数のかたがたとおしゃべりをしたうえでの私の主観的な観測ですが、以下のようにおもわれました。

000310ダーウィン・ハミルトン・ウイルソン・ドーキンス・メイナード=スミスなどによる、進化論・社会生物学・利己的遺伝子論・進化ゲーム論のラインは、今日の行動生態学?・(今西由来の日本の)サル学にとっても、最強のパラダイムであるようです。

000310が、実際のフィールドワーカーの先生方のかなりの部分は、これらの主流派の説明図式に必ずしも満足していないようでした。研究発表においても、未だ解釈されていないデータが「みなさんどうかんがえますか」といった感じで提示されるのみでおわる場合もありました。

000310しかし、これら主流派の説明図式に変わるライバルパラダイムがほとんどないようです。

000310そのため、データをもとにして発表するさいも、社会生物学的「説明」を強引に「してしまう」か「してしまわない」か、の二択となってしまい、「主流派仮説が正しいのか」それとも「反主流派仮説がただしいのか」という「コンペ」になかなかならないようにかんじられました。(ついでに言っておくと、「反ダーウィン的な今西的仮説」のようなもの仮設されている方は一人もおみうけしませんでした)。

000310それぞれのご研究は大変興味深かったのですが、全体的にある種の低調さ(失礼)のトーンのようなことをかんじてしまった原因の一つには以上の点があげられるかもしれません。

000310二日目は、ニホンザルのいわゆる「シラミとり」がじつほとんど「シラミの卵」とりであることを発見したことで有名なt氏のご発表を聞くことができました。t氏とはご発表のあとで、「やっぱり、シラミの卵は、プチプチして、スナックとしてはおいしんでしょうねぇ」とかいったことをおしゃべりさせていただきました。

000310この研究会のあとに、部内者による別の研究会があり、ご無理をおねがいして聴講させていただきました(ありがとうございました)。天才チンパンジー、アイちゃんの研究で有名なm先生の最新のご研究の報告をきくことができました。フィールド科学と実験(室)科学を、交差させようというm先生の研究スピリットの高さにとても感動いたしました。

(これまた私の主観的感覚ですが、現在のところm先生が霊長類研所内でもやはり最大のスターであるように感じました。実験派であるm先生のアフリカ・東南アジアの自然フィールドでの「野外実験」の報告を、フィールド派の先生がたも真剣にお聞きのようでした)。
 

本当にみなさん、ありがとうございました。

000310霊長類研については、霊長類研自体の公式ホームページをまずはごらんください。アイちゃんの動画などもみられますよ。また、少し古いですが、立花隆の『サル学の現在』を参考書としておすすめします。
 

【学生さん。貴方も、春休み・夏休みには、首都圏・関西などに「遠出」して、研究会・学会などに参加して「ステップ・アップ」してはいかがですか?。】

000310今回の私のように、全くご縁がなくても、参加できる研究会などけっこうあるようです。学生さん、あなたも、春休み・夏休みには、首都圏や関西に「遠出」して、この種の研究会・学会に参加して「ステップアップ」を試みてはどうでしょう?。まずは、インターネットでさがしまくってみるといいかもしれません。私桜井も、3月中旬の数理社会学会、3月下旬での東京での言語研究会の合宿、に、参加予定です(言語研では発表するとおもいます)。あなたも、ご参加されてはいかがですか?。
 
000310ただし、「カルト」系・高額な「自己啓発セミナー」系には、くれぐれもご注意ください。万一、あやしげな研究会に参加されて貴方が不利益をこうむっても、当方ではいっさい責は負えません。

000310【「シリコンバレー特派員にも応募しないような貴女」に「桜井はいいなぁ」などといわれる筋合いは、ない】

000310以上のように、「春休みなどは、ぜひ遠出しましょう」、と、いっても、「そういうおまえ桜井はいいよなぁ、十日間も京都にいけて」と言うひと・言わなくても心の中で思う人、がいるかもしれません。

たしかに今回の京都滞在は、ある研究プロジェクトのお金ででかけています。しかし、です。

先日、ある企業さんが、学生さん何人かを一週間ほどアメリカのシリコンバレーに派遣するという募集広告を日経新聞にだしていました。ので、鹿児島の学生さんなどに、メールで知らせました。が、応募したひとはほとんどいなかったようです。

そんな「シリコンバレー特派員に応募もしない」ような貴女から、「桜井はいいなぁ」なんて、言われる筋合いはない。と、おもいませんか?。

謝謝。

【文献】
Dunbar,Robin 1996 "Grooming,Gossip and Evolution of Language"=ダンバー、松浦俊輔+服部清美 訳 1998『ことばの起源 猿の毛づくろい、人のゴシップ』青土社
Dunbar,Robin  1997「言語の起源」『科学』67巻4号1997年4月号 岩波書店

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