桜井芳生
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学生のみなさん、金原克範の「子のつく名前の女の子は頭がいい」(洋泉社)よ みましたか?。
本書は、書名がよくないので、ソンをしているが、【現代(日本)社会学の最高 の成果の一つ】である、と思う。
本書で、金原は、物心ついたときからテレビがある世代を「メディア一世」その メディア一世に育てられた世代を「メディア二世」と名付け、それぞれが非常に 憂慮すべき「コミュニケーション障害」に陥りつつあることを、大きな説得力で もって示している。
簡単にいうと、メディア二世(学生さん、みなさんの世代ですよ!)は、情報に 意味をみいだせず、コミュニケーションをしてもそれによって自己の行動を変え ることのできない世代である。
そして、これは、メディア一世が、メディア二世にたいしてほんとうに必要とさ れる情報を送ることをせず、「後の祭り」の情報のみを送ってきたことによって 生じた現象である、という。
メディア一世から、「後の祭り」情報のみを送付されたメディア二世は、「情報 には、意味がない」「コミュニケーションを受信したからといって、それによっ て自分の行動を変化させる必要はない」ということを「学習」してしまう、とい う。
だとしたら(金原の主張はかなり正しいのではないか、と私は思う)、学生さん のみなさんメディア二世に対して「講義」をおこなうことは、「危険な」ことだ といえるかもしれない。
メディア二世に対してほとんど何のやくにもたたない「後の祭り情報」でしかな い「講義」を、メディア二世の反応もおかまいなしに送り続けると、メディア二 世は「情報には意味がない」ということをさらに強く学習してしまうからだ。
このように、金原の議論は、今日の大学教育における「講義」という教育形態を も反省させるものだろう。