一九四〇年体制と「地方都市」
        桜井芳生
(9回目用)

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「一九四〇年体制」というコ
トバを、ご存じだろうか。
現在の日本人が「むかしから
あるあたりまえなこと」だと思
っていることの多くが、じつは
、一九四〇年ごろにできた「戦
時体制」の名残であることを示
すコトバだ。
この四〇年体制の特質は、「
競争否定」と「規制主義」だ。
つまりは、「自由競争の否定」
である。
と、こう書いてみても、なん
だか難しそうで「私にはカンケ
イない」と皆さんは思うでしょ
う。しかし、本当に「カンケイ
ない」のだろうか。
私はいま鹿児島市に住んでい
るが、私の住んでいるような「
地方都市」は、首都圏などと比
べて、この「四〇年体制」が根
強く残っている、と言えないだ
ろうか。
たとえば「銀行」。私の住ん
でいるところでは、一つの銀行
が「独占」しているのに近い状
況である。( 戦時中に合併。い
わゆる「一県一行主義」) 。
その銀行に関しては、サービ
スについてよくない評判を聞く
ことがあるし、さきごろ役所と
の間でお金の行方不明事件が起
きている。( ちなみに、頭取は
、日銀からの天下りだ)。
これはあくまで一例である。
個別攻撃は私の本意ではない。
本紙南日本新聞も四〇年体制の
産物だし、わが鹿児島大学も、
来歴は異なるが、おかれている
現況は似たようなものだ。
われわれはみんな、四〇年体
制という「ぬるま湯」に慣れす
ぎていて、自分たちが「ぬるま
湯」のなかにいること自体に気
づいていないのではないだろう
か。
そうだとしたら、世界的規模
での「競争の時代」に、地方都
市に住んでいるわれわれが、た
ちおくれていく危険性が大きい
のではないだろうか。

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